半導体製造装置のレガシーOS対策は「メーカー保証」「安定稼働」が壁になることがあります。本記事では、OSを更新せずにこの課題を解決する現実的なセキュリティ対策を、具体的な3ステップで解説します。
課題編:なぜ製造装置のOSは「塩漬け」にされてしまうのか
製造装置には、Windows XPやWindows 7といったサポート終了済みのOSが搭載され、そのままの状態で使い続けられています。これは単に「更新できていない」のではなく、むしろ「更新してはいけない」事情があるためです。特に半導体製造装置のようなミッションクリティカルな機器では、ITの常識がそのまま適用できない現実があります。
この課題を正しく理解するためには、製造装置を取り巻く環境特有の制約を知らなければなりません。OS更新がもたらすリスクや、現場に求められる絶対的な安定性、さらに社内の縦割り構造による意思決定の難しさなど、多層的な要因が絡み合っています。
ここでは、製造装置のOS更新を阻む3つの「壁」を明らかにし、なぜ現場がセキュリティリスクを抱えたまま装置を運用せざるを得ないのか、その構造を解説します。
ITの常識が通用しない、製造装置特有の3つの「壁」
半導体工場における製造装置は、一般的なオフィスPCやサーバとは異なる前提で設計・運用されています。サポート切れOSをそのまま使い続ける背景には、次の3つの「壁」が存在します。
1つ目は「品質の壁」です。装置メーカーが保証しているのは、特定のバージョンのOSやソフトウェアが動作する状態であり、勝手な更新は保証外となります。現場では、わずかな変更が装置のパフォーマンスや歩留まりに直結するリスクを常に意識しています。
2つ目は「生産の壁」です。半導体工場では、連続稼働が求められます。OSの更新に伴う頻繁な再起動や、検証未了のパッチ適用による一時停止は、生産計画上ほとんど許容されません。また、対策を講じたことで不具合が起きれば、現場の責任が問われかねないため、現状維持が選ばれがちです。
3つ目は「組織の壁」です。情報システム部門はセキュリティ対策の観点からOS更新やネットワーク遮断を求めますが、現場の実態に対する理解が乏しく、意見の対立が起きやすくなります。
こうした壁を前に、現場のエンジニアは「わかっているが、できない」という板挟みの状況に置かれています。
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壁1:メーカー保証とパフォーマンスという「品質の壁」
製造装置における最大の制約は「動作保証の対象から外れること」にあります。装置メーカーは検証済みのOS・ソフトウェア構成のみを正式サポートとし、それ以外の環境では一切の保証を行わない姿勢を取っています。特に半導体製造装置ではわずかな挙動の変化が不良率や生産効率に影響を及ぼすため、メーカーと現場の双方が慎重にならざるを得ません。
また、ウイルス対策ソフトのインストールやOSパッチの適用により、装置の処理性能が低下する事例も報告されています。こうした性能への影響も、現場にとっては重大な懸念材料です。結果として「セキュリティよりも品質と安定性を優先する」という判断が定着しているのが実情です。
つまり、OSを更新しないこと自体がリスク回避策になっているという、ジレンマが存在しているのです。
壁2:24時間365日の安定稼働という「生産の壁」
半導体工場では、装置が一日でも止まれば数千万円〜数億円規模の損失が発生します。そのため、たとえセキュリティ対策であっても、装置に影響を与える操作は極めて慎重に扱われます。
特に、OT(Operational Technology)領域では、OS更新やパッチ管理といった基本的なセキュリティ手法でさえ、再起動や検証のためのダウンタイムが必要となるため容易には実行できません。また、対策ソフト導入後のわずかな遅延や挙動の変化も、生産に支障をきたす可能性があります。
このように、セキュリティ対策が直接的に操業停止リスクにつながるため、現場では「動いているものは触るな」が鉄則となっています。結果として、たとえ脆弱性が判明しても、「あえて放置する」選択を取らざるを得ないケースが少なくありません。
壁3:情報システム部門と現場の「組織の壁」
情報システム部門と現場の間には、前提の違いから生まれる大きな溝があります。情報システム部門は、企業全体のセキュリティを担う立場としてOS更新やネットワーク制御などの標準対策を求めますが、更新やパッチ適用が生産停止につながる製造装置ではそうした標準対策をそのまま適用できません。
一方で情報システム部門も、オフィスのIT常識を基準に「なぜできないのか」と疑問を抱くことも少なくありません。装置固有の制約やメーカーの保証の存在まで十分に理解できていないケースもあります。この議論のずれにより対策議論の停滞が発生し、結果としてレガシーOSが放置されやすくなります。
「組織の壁」とは、どちらかが誤っているのではなく、立場ごとに守るべき優先順位が異なることで生じる構造的なギャップといえるでしょう。
実践編:更新せずに「保護」する3ステップの現実的な対策
製造装置のOSを更新できないことが前提であっても、無策のままレガシーOSを放置するわけにはいきません。狙われやすい環境だからこそ、可能な範囲でリスクを可視化し、適切な防御を講じる必要があります。
現場の制約を踏まえた現実的な選択肢として、次の3つを提案します。
- 現状把握(パッシブモニタリング)
- 脆弱性の防御(仮想パッチ)
- 不正動作の阻止(ロックダウン)
これらは「触れない装置」を前提にしたセキュリティ対策であり、「更新」ではなく「保護」によるアプローチです。
ステップ1:現状把握 – 「触れない装置」のリスクをどう可視化するか
サポート切れのレガシーOSを搭載した装置には、原則として新たなソフトウェアを導入すべきではありません。とくにセキュリティエージェントなどの常駐プログラムは、装置の挙動に影響を与えるおそれがあります。
こうした制約下で有効なのが「パッシブモニタリング」と呼ばれる手法です。パッシブモニタリングは装置に一切手を加えることなく、スイッチやミラーポートを用いてOTネットワーク上の通信を受動的に監視するものです。
パッシブモニタリングにより、装置がどのIPと通信しているか、異常な通信が発生していないか、未知のプロトコルが使われていないか、といった情報を把握できます。脆弱性がどこに潜んでいるかを把握し、資産可視化を進めることで、以降の対策の精度と優先順位付けが向上します。
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ステップ2:脆弱性の悪用を防ぐ – 仮想パッチというデジタルシールド
サポート切れOSには既知の脆弱性が多く存在し、攻撃者にとっては格好の標的です。しかし、OS自体を更新できない以上、別の方法で脆弱性をカバーしなければなりません。
そこで活用されるのが「仮想パッチ」です。仮想パッチとはIPS(侵入防止システム)やIDS(侵入検知システム)といった装置を装置ネットワークの入口に配置し、攻撃の特徴を持つ通信を事前にブロックするものです。
例えば、MS17-010(EternalBlue)などの脆弱性を狙った通信が装置に届く前に遮断されるため、装置側には一切の変更を加えることなく、安全性を確保できます。
既知の脆弱性はもちろん、ゼロデイ攻撃にも一定の効果があるため、現場での実効性が高いアプローチといえるでしょう。
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ステップ3:不正な動作を止める – ロックダウンによる最終防御
万が一、マルウェアが装置に侵入した場合でも、その後の被害拡大を防ぐ手立てはあります。そこで注目されているのが「ロックダウン(アプリケーションコントロール)」の導入です。
アプリケーションコントロールは、事前に許可されたアプリケーションのみを実行可能とし、それ以外の動作をすべてブロックする仕組みです。ホワイトリスト方式で運用されるため、たとえマルウェアが侵入しても、自己増殖や外部通信などの動作ができなくなります。
ロックダウン型セキュリティ製品の中には、非常に動作が軽量で、古いOSでもパフォーマンスへの影響を極小に抑えられるものがあります。ウイルス対策ソフトのような頻繁な更新も不要なため、安定性を最優先する現場でも導入のハードルが低いのが特徴です。仮想パッチと組み合わせることで、多層的な守りを構築できる点も大きなメリットです。
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展望編:「延命」から「安全な共存」への発想転換
対策を通じて、レガシーOSを「延命」させるだけでなく、実環境に適した「安全な共存」へと視点を転換することが重要です。製造装置だけに目を向けるのではなく、工場全体に広がる同様のリスクにも着目してみましょう。
リスクは製造装置だけではない。工場に潜むその他のレガシー資産
OSのサポート切れという問題は、製造装置だけに限られた話ではありません。工場全体に目を向けると、PLC、無人搬送車(AGV)、産業用ロボットなど、多数の制御機器が同様の課題と脆弱性を抱えています。
これらの機器もまた、パッチ適用やソフト更新が困難であり、同様にセキュリティ上のリスクを内包しています。仮に製造装置だけを保護しても、他の機器が攻撃の踏み台となれば、全体としての安全性は確保できません。
今後は、製造装置を起点として、工場内のあらゆるレガシー資産を対象に、セキュリティの網を広げていくことが重要です。
まとめ:これからのレガシーOSとの付き合い方
サポート切れOSは、単なる「古いシステム」ではなく、いまも稼働を支える重要なインフラ資産です。製造装置のリモートメンテナンス機能など、生産上不可欠な機能の多くがこうしたレガシー環境に依存しており、無理に更新や撤去を迫るのではなく、制約の中で安全に使い続ける方法を模索することが、現場にとって現実的かつ持続可能な選択といえるでしょう。
- 装置に触れずにリスクを把握する
- パッチを当てずに脆弱性を防御する
- 感染しても不正動作をさせない
こうした「更新しないことを前提とした防御」によって、サポート切れOSとも共存可能なセキュリティ体制を築けます。レガシー環境を前提とした堅実な対策こそが、今後の半導体工場に求められるセキュリティの姿勢といえるでしょう。
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