「生産を止められない」「予算がない」…そんな半導体工場のセキュリティ担当者様へ。理想論ではない、まず「診断」から始める現実的な対策ロードマップを専門家が具体的に解説します。
課題編:なぜ半導体工場のセキュリティ対策は進まないのか
半導体工場では、セキュリティ対策が進まないことに頭を悩ませる担当者も少なくありません。対策が進まない理由には、工場特有の「持病」ともいえる構造があります。
ここでは、工場の「持病」とはどのようなものなのか解説します。
対策を阻む、工場特有の3つの「持病」
半導体工場のセキュリティ対策が思うように進まないのは、担当者の努力不足ではありません。現場には、対策を阻む構造的な課題=「持病」が複数存在しており、それらが重なり合うことで、着手すら難しい状況に陥っているためです。
IT部門で当たり前に実施されているセキュリティ対策がそのままOTセキュリティの現場で通用しないのには、次のような理由があります。
- 可用性が最優先される環境で、更新が許されない装置が多数存在する
- ネットワーク構成が複雑化し、全体像が把握できていない
- 専門人材と予算の不足により、適切な体制が整えられない
ここでは、それぞれの「持病」の本質を詳しく見ていきましょう。
OTセキュリティの基礎について知りたい方は、次の記事もあわせてご覧ください。
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持病1:生産最優先の文化と「パッチを当てられない」現実
半導体工場では、生産ラインの可用性が何よりも優先されます。稼働率のわずかな低下も、数千万円規模の損失につながるため、装置の停止を伴うパッチ適用は避けられがちです。
さらに問題を複雑にしているのが、レガシーOSで稼働する製造装置の存在です。多くの装置が特定のバージョンでなければ動作保証されない状況にあり、メーカーの指示なしに更新をかけることはできません。レガシーOSで稼働する装置は保守部品の確保や代替装置の調達が困難なため、現場では延命措置を取りつつ、騙し騙しの運用を続けているのが実情です。
パッチを当てられない装置を多数抱える工場にとって、ITベースのセキュリティ運用は現実的とはいえません。根本的な体質への理解と、別アプローチによる対策が求められます。
レガシーOS対策については、次の2記事で詳しく解説していますのであわせてご覧ください。
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持病2:ブラックボックス化したネットワークという「動脈硬化」
長年の設備増設やレイアウト変更を繰り返すうちに、OTネットワークは「どこに何が接続されているかわからない」状態に陥りがちです。どこに何が接続されているかわからない状態は、いわば血流が滞った動脈硬化に似ています。セキュリティ対策を施そうにも、現状が把握できていなければ的確な治療はできません。
特に課題となるのが資産管理の不備です。装置のIPアドレスや接続先、通信内容が文書化されておらず、現場の属人的な知識に依存しているケースも少なくありません。また、ラインの稼働中は調査ができず、ネットワークの全容を把握する機会も限られます。
対策を進める第一歩は、いま自分たちの工場に何があるのかを可視化することです。体制構築以前に、正しい現状把握が欠かせません。
持病3:不足する専門医と予算という「免疫力低下」
OTセキュリティは、従来のITとは異なる専門知識が求められます。しかし、製造業の工場内には専任のセキュリティ担当者がいないケースも少なくありません。情報システム部門は工場全体を網羅的に見ることが難しく、現場とITの間には暗黙の壁が存在します。
加えて、セキュリティに投資する予算は直接的な収益に結びつきにくいという理由で後回しにされがちです。このような状況では、外部からの攻撃に耐える「免疫力」が低下し、被害発生時の影響が拡大しやすくなります。
人材育成と予算確保は一朝一夕には解決できません。だからこそ、いまのリソースでも始められる施策から着手し、少しずつ改善していく必要があります。
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実践編:工場のサイバー衛生を改善する3ステップ「診断・隔離・治療」
それでは、半導体工場のセキュリティ対策はどのように進めればよいのでしょうか。ここでは、独自の「医療モデル」フレームワークを用いて、取るべき行動をわかりやすく解説します。
ステップ1:『診断』- 触れずに、工場の健康状態を可視化する
セキュリティ対策の第一歩は「現状を正しく知ること」です。医療でいえば「健康診断」に相当し、影響を与えずに状態を可視化するアプローチが有効です。
OT環境における診断には、パッシブモニタリングなどの手法を活用します。パッシブモニタリングは、ネットワーク上の通信を傍受することで、接続されている機器・通信先・プロトコル・脆弱性などを把握する方法です。装置には一切触れず、生産を止める必要もありません。
こうした手法により「工場内に存在する資産の全体像」が明らかになり、どこにリスクが潜んでいるかを把握できます。OTセキュリティアセスメントは、まず検査(診断)から着手することが、リスクとコストを最小限に抑えた賢明な判断といえるでしょう。
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ステップ2:『隔離』- 侵入を前提に、感染拡大を封じ込める
近年のセキュリティ戦略では「侵入は防げない」という前提が常識となりつつあります。そのため重要なのは、侵入された後の被害を最小限に抑えることです。被害を最小限にするために必要なのが、ネットワークのセグメンテーション(分離設計)です。
セグメンテーションとは、ネットワーク全体を用途やリスクに応じて分割し、必要な通信のみ許可することで不要な横展開を防ぐ対策のことを指します。感染症対策における「病棟隔離」に相当し、被害が発生しても限定的な範囲にとどめることができます。
例えば、バックエンド装置群と管理PCをセグメントで分けておけば、管理系に侵入されても製造ラインには波及しません。ネットワーク分離設計は、ゼロトラストの第一歩としても位置づけられており、OTネットワークの健全化に欠かせない手段といえるでしょう。
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ステップ3:『治療』- 最重要資産(装置)を個別に保護・強化する
ネットワーク全体の安全性を高めた上で、さらに重点的に守るべき装置に対しては個別の強化策が必要です。特に「パッチを当てられない」レガシー装置については、OS更新に頼らない対策が有効です。
具体的には、次のような手段が挙げられます。
- 仮想パッチ
- ロックダウン型セキュリティ
- アクセス制御
仮想パッチは、装置に直接パッチを当てずに、通信の前段で脆弱性を防御する方法です。また、ロックダウン型セキュリティとは、ホワイトリストによって許可された動作のみを実行させるやり方のことを指します。
装置ごとに通信相手や操作権限を制限するアクセス制御も有効です。
これらの「治療」は、OT資産の可用性を維持しながら既存環境を変えずに適用できるため、現場への影響も最小限に抑えられます。現実的な制約の中でも、守るべき資産には集中的な防御策を講じるという考え方が段階的な強化に役立つでしょう。
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展望編:「その場しのぎ」から「持続可能」なセキュリティ体制へ
工場のセキュリティ対策は、単発のイベントではなく継続的な「衛生管理」サイクルとして捉える必要があります。とくに半導体工場のように高い可用性と複雑な工程を抱える現場では、「一度整えたら終わり」ではなく、「変化に合わせて見直し続ける仕組み」こそが必要です。
セキュリティはコストではなく、工場という資産を長期的に守るための投資です。いま目の前のリスクだけでなく、5年後・10年後の安定操業を支える基盤づくりとして計画的に体制を整えていくことが求められます。
次のステップ:自社の「健康状態」を把握するために
本記事で紹介した「診断→隔離→治療」のステップは、リソースが限られる現場でも始めやすく、自社の実情に合わせて段階的に取り組める現実的なロードマップです。これを繰り返し運用することで、セキュリティは「場当たり的な対処」から「持続可能な仕組み」へと進化します。
- 現在、可視化できていないネットワークはどこか
- もっとも長期間運用されているレガシー装置はどれか
- サポート切れOSの割合や場所は明確になっているか
こうした問いを立て、小さな診断から始めることが、長期的な改善につながります。
まとめ:「完璧な手術」より、まず自社の「健康診断」から始めよう
半導体工場におけるセキュリティ対策は、「生産を止めずに守る」という極めて高度なバランスが求められます。制約の多い現場では、完璧な手術を目指すよりも、まずは正確な健康診断から始めることが、最も現実的で効果的なアプローチです。
今あるリソースの中でも着手できる「診断→隔離→治療」の3ステップを実行し、持続可能なセキュリティ体制の構築へとつなげていきましょう。企業の競争力と経済安全保障を守るために、最初の一歩を踏み出してみてください。
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